【活動レポート】トークイベント『「当たり前を問い直す」文化人類学のレンズを通して見るサモア』

2026年8月2日、一般社団法人ルマナイサモア主催のオンライントークイベントを開催しました。

今回は、JICA海外協力隊としてサモアで活動した後、現在は大学院でサモアの文化や国民性を研究されている根岸浩章さんをゲストに迎え、文化人類学の視点から、サモアの日常生活に隠れた価値観や国民性について深掘りしました。

本記事では、モデレーターを務め、現在大学で文化人類学を専攻しているルマナイサモアボランティア・南の視点から、当日語られた「文化人類学×サモア」のお話を3つのテーマに分けてご紹介します。

文化人類学とは?

文化人類学は、文化の観点から人間のあり方を研究する学問です。

世界のさまざまな「当たり前」を知ることで、自分たちにとっての「当たり前」を捉え直していきます。

文化人類学の特徴的な研究方法が、「参与観察(フィールドワーク)」です。

  • 一般的な現地調査・・・対象となる集団の外側から、客観的に観察する。
  • フィールドワーク・・・対象となる集団の内側から、生活に参加しながら観察する。

対象となる人々とともに過ごし、「その人たちはどのように世界を捉えているのか」を、彼らの視点から理解しようとするのが参与観察です。

文化人類学を学ぶことで、世界中の「自分にとっては当たり前ではない当たり前」に出会い、自分たちの文化や国民性・価値観のユニークさに気づくことができます。

フィールドワークでは、どんなことをしていた?

根岸さんは大学院修士課程での自身の研究の一環として、2025年4月から2026年1月までの10か月間、サモアでフィールドワークを行いました。

今回のイベントでは、その調査の一環で根岸さんが経験した、親族(Aiga/アインガ)の集まりや、村の首長(Matai)の会議(Fono)、ホストファミリーが経営していた商店での店番など、さまざまな場面での興味深いエピソードをお話しいただきました。

以下、サモアでのエピソードを簡単にご紹介します。

バスで知らない人の膝の上に座る

根岸さんがサモアの文化で最初に関心を抱いたテーマは、「サモアのバス車内での人々の行動」だったそうです。

サモアのバスの中では、人々が乗車中もどんどん動きます。

年輩の方が乗車してくれるとすかさず若者が積極的に席を譲ったり、乗車率が100%を超えると、知らない人の膝の上に座ったり、座られたりすることも日常的にあるそうです。

この現象を、根岸さんは文化人類学的視点から掘り下げていきたい、と考え研究をスタートさせたそうです。

このような動きは、日本人の感覚からすると驚くような光景ですが、こうした行動の裏には、きっとサモア独特の文化や価値観が隠れている、と根岸さんは感じたそうです。

私もこの話を聞いたとき、きっとサモアの社会における助け合いの精神や、人と人との強いつながり、などが形となって表れている行動なのではないか、と大変興味深く感じました。

ライター事件が勃発

フィールドワーク中の出来事の中でも、根岸さんが特に印象深かったと語るのが「ライター事件」です。 

フィールドワークでは、たばこが村の人々との関係づくりに役立ち、雑談ややり取りを通して多くのことを教えてもらえることがあります。ある日、ホストファミリーの葬儀準備を夜中まで手伝った翌朝、部屋のライターがなくなっていることに気づきました。しばらく見つからなかったのですが、埋葬の場でビリヤード仲間が同じライターを使っているのを遠目に見かけました。

翌日、海外から来ていた親族を空港へ見送りに行った際、オーストラリア在住の家族から預かったライターが、まぎれもなく失くしたライターでした。さらに別の親族から黒いライターまで譲られ、一本もなかったところから突然二本のライターが手元に戻るという、不思議な巡り合わせを感じる出来事となったそうです。もしかしかすると、その黒いライターも誰かが探していたものだったのかもしれません。

お客さんが商品を元の場所に戻さない

ライター事件とも関係してくる、根岸さんが印象に残ったもう一つの出来事についても触れておきます。 

根岸さんがホストファミリーが運営する商店で店番の手伝いをしていた際、お客さんがある商品の値段について根岸さんに質問をし、その後購入しないことにしたのか、商品を元の場所ではなくすぐ近くの棚の上のスペースに置いたまま帰っていってしまったそうです。

日本人であれば「商品は元の場所に戻すもの」と考える人が多いかもしれませんが、根岸さんはこの現象を見て、「もしかすると、サモアではそもそも物に『元の場所』という概念自体が無い、または日本人の私たちとは異なる感覚を持っているのでは?」と考えたそうです。

「所有」の考え方も違う?――ロウとラウ

上記の2つのエピソードから、根岸さんの研究テーマは、「サモアの人々にとっての『所有』とは?」に移っていったそうです。

このサモア人が持つ独特な「所有」の感覚について、根岸さんはサモア語の所有格を例に挙げ、説明してくれました。

以下は、サモア語の「私の」、英語で言う「my」にあたる言葉になります。根岸さんいわく、サモア語には英語で言う「my」が2種類あるそうです。

  • Lo’u(Personal Possession)
    • 何があっても自分の身から離れないもの
    • 例:血縁者、身体に関わるもの、土地など
  • La’u(Non-Personal Possession)
    • 自分の身から離れる可能性があるもの
    • 例:配偶者、貨幣、モノ全般など

「Lo’u(ロウ)」は、個人の所有するモノのなかでも、何があっても自分の身から離れないものに使う所有格だそうです。例えば、家族(血縁者)や自分の能力や性質、土地、などだそうです。

逆に「La’u(ラウ)」は、自分の身から離れる可能性があるモノに使います。お金や衣服、家具や車などです。興味深いことに、配偶者もLa’u(ラウ)が使われるそうです。

各所有格が使える対象物としては、圧倒的にLa’uに分類されるものの方が圧倒的に多いようです、つまりサモアの人々は「自分から離れないもの」よりも「自分から離れる可能性があるもの」が身の回りの大部分を占めている、と考えているのかもしれません。

この話を聞いた時、根岸さんの中で先ほどのバスの車内での出来事やライター事件、商店でのエピソードが「カチッ」と繋がったそうです。

「モノは常に人の間を動くもの」という考えが前提にあるとすれば、そもそもサモアの人々にとって、モノには必ずしも「定位置」があるわけではないのかもしれない、と。

そういった考え方で、サモア人にとっての「バスの座席」や「店での商品の陳列位置」をどのように捉えることができるのかー

根岸さんの、こういったの何気ない日常から問いを生み出す姿勢が、とても文化人類学者らしいな、と感じましたし、私自身、終始ワクワクしながら話を聞かせていただきました。

以下、イベント終了後に参加者の皆さまからいただいた感想の一部をご紹介します。

さいごに

今回のイベントを通して、文化人類学というレンズだからこそ見えてくるサモアの姿があるのだと感じました。

「商品を元の場所に戻さない」「ライターの循環」「知らない人の膝の上に座る」といった、一見すると不思議に見える行動も、その背景にある文化や価値観に目を向けることで、違った意味が見えてきます。

そして、サモアの文化を知ることは、私たち自身の「当たり前」に気づくことにもつながります。

今回は文化人類学の視点からサモアを覗いてみましたが、経済学や教育学、薬学など、別の学問のレンズを通してみると、また違ったサモアの姿が見えてくるはずです。

これからも、さまざまな角度からサモアの魅力や社会について知ることができるイベントを、皆さんと一緒につくっていきたいと思います。

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